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農・人・くらし

NPO法人 農と人とくらし研究センター コラム

カテゴリー「■ づれづれ草」の記事一覧

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原発なしでも、暮らせます

 原発が危険で制御不能になる代物だということを連日見せ付けられながら、それでも「原発なしには暮らせない」と、政治家もマスコミも御用学者も言い続けています。これこそ最大の「デマ」です。火力・水力発電でも、今ある設備を全部稼働させれば十分に電力は供給できます。例えば豊前火力発電所など、1年に十数日しか稼働していません。最初からそうなのです。原発の補助としてしか使っていないのです。「何が何でも原発ありき」なのです。そこには我々には思いもよらない利権や思惑が隠され、そういうもので「国の方針」が決定され、我々の税金も命も吸い込まれているのです。
 「原発がなければ、こうして毎日、停電になったりするんだぞ」と国民を恫喝し、マインドコントロールするための「計画停電」に踊らされることなく、「原発なしで、暮らしたい」と声を上げましょう。もし、電力が不足したら、まかなえる電力にみあった暮らし方をすればいいのです。
 一晩中、こうこうと明かりをつけ、大きな音を出し続けて人々を享楽へ誘う繁華街。3交代で機械も人も休ませないで生産を続ける工場群。季節外れの農作物を生産するためのハウスの電光と保温。金儲けのために次々と生み出されたシステムやモノや「場」を点検して取捨選択することで、我々の暮らしはずっとシンプルで穏やかで安全なものになるでしょう。
 菅総理がこんな事態でも「原発は必要」と言い続ける理由の一つに、CO2削減目標25%というのがあるらしいけれど、CO2を削減しても、世界中に放射能を撒き散らしたらもっと迷惑です。

渡辺ひろ子(元・酪農家)
『私信 づれづれ草』NO.33(2011.3.31発行)より転載
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鳥日記 (2011.2)

 去年秋に横着していて菜園の春野菜準備が大幅に遅れました。キャベツやブロッコリーの苗を植えたのは11月に入ってから。冬が思いの外寒かったこともあり、まだ「苗が大きくなった」程度でキャベツも玉になっていないし、ブロッコリーの花芯も小指の先くらいのままです。その畑に2月になってから、ヒヨドリが襲いかかり、数日で全ての葉を食べつくしてスジだけにしてしまいました。あわてて寒冷紗を掛けたけど、葉っぱがなくっちゃ、この後の成長は望めないだろうなぁ、と気落ちしています。憎きヒヨドリめ!どうしてくれるんだよう。
 2月10日、中津市山国町の山国中学校に平和学習の講師として行きました。全校生徒65人の小さな学校です。
 授業が終わって帰る途中、あ、去年、鳥師匠三丸さんの案内でオシドリを見に来たのは確かこの辺りじゃなかったっけ?と思って車を停めて、下の川を覗いたら、うわぁっ、奇跡だよ、いるじゃないかよ!オシドリがいっぱい!
 感動、感激、至福の時間を過ごして、「山国中学での話、へたくそだったかなぁ」という後悔の念を洗い流してさらさらと忘れて家に帰りました。
 2月も終わり近くなって、最近、家の周辺が少し寂しくなり始めています。田んぼにいっぱい群れていたツグミがめっきり減りました。昨日まで毎日庭の木や車のミラーに止まって、ヒッヒッと鳴いて愛嬌を振りまいていたジョウビタキが今日は一度も姿を見ませんでした。
 そろそろ「渡り」が始まっているのでしょうか。あの、小さな翼を何万回も動かしてシベリアまで戻って行く小鳥たちの旅が無事であることを祈り、また秋に会える日を待ちます。
 旅の途中でハヤブサなんかに食われるんじゃないよ。
 昨日、今川河口に行ったけど、4羽越冬していたクロツラヘラサギはもう1羽もいませんでした。ウミウもカモ類もめっきり減っていました。この場所は秋までは本当にガランとして何もいなくなります。漁港近くなのでトンビは年中ぐるぐる飛んでいますがね。
 ところで、鹿児島県出水市のツルや大分県でオシドリなど、野鳥に鳥インフルエンザの発生が伝えられたけれど、あの出水市のツルのように密集して暮らしていても、野鳥の場合、大量死にはならないのですね。自然界の不思議というか・・・。
 最近、鳥の写真がくっきり撮れません。目に問題あり、です。眼科で「軽い白内障。更に緑内障を疑わせる所見あり」と言われました。がが~ん、ショックです。3月18日に検査です。単なる老眼の進行だと思っていたのに・・・。体は確実に老朽化しているんだわぁ。

渡辺ひろ子(元・酪農家)
『私信 づれづれ草』NO.32(2011.2.28発行)より転載

あたまも老朽化

 一月末、北九州美術館に「伊藤若冲展」を観に行きました。結構不便な所にあるので車で行きます。今まで3回くらい自分で運転して行きました。しばらくぶりなので、念のため道路地図で事前に確認もしました。
 なのに、迷ってしまったのですよ。車を停めて何度も地図を見ました。「ほら、紫川に沿って下れば街に出るはずなのに、なんでどんどん田舎っぽくなって行くんだよ?」とイラつきながらよくよく見ると、川の上流に向かって進んでいるじゃないですか。
 結局、30分以上の時間とガソリンを無駄に使い、神経をすり減らし、腹をすかしてへろへろになって、やっと若冲にご対面です。
 今度、カー用品の安売り広告が入ったら、絶対、ナビを買うぞーっ!
 ところで、若冲ですが、軍鶏図の屏風、すごかったです。息を呑む迫力でした。
 実は、以前から油絵で鶏を描きたいと思っていたのです。でも、若冲の鶏を観てしまったら、ちょっと描けないなぁ、という気がしてたじろいでいます。若冲とは違う、若冲のマネでない鶏を描くことが出来るか?自分の鶏をどう描くか?
 凡庸な才能は天才の絵の呪縛に息絶え絶えです。

渡辺ひろ子(元・酪農家)
『私信 づれづれ草』NO.32(2011.2.28発行)より転載

メイちゃんの俳句

 私がバイトに行っているY牧場の孫・メイちゃんは小学校1年生の女の子で、牛が大好きです。
 彼女の学校のある豊津に国分寺の三重塔があり、町のシンボルとして、毎年、祭りが開催されます。その国分寺祭りのイベントの一つに子どもの俳句コンクールがあります。「お題」は「お正月」でした。
 メイちゃんの句が教育長賞に選ばれました。
 「お正月 おなかがすいたと 牛が鳴く」という句です。
 正月と言えども、牛飼いは早朝から、いつもと同じ通りの仕事をしなければならないわけで、元旦くらい、ちょっと寝坊してもいいだろう・・・なんて思っても、牛たちはそんなことお構いなしにいつもの時間になれば「エサをくれーっ」と鳴くのです。
 そういう牛飼いの生活をよく表現していて、牛飼いの家族ならではの句だと感心。
 メイちゃんのママいわく、「来年は『お正月 乳を搾れと 牛が鳴く』にすればいいやん」
う~ん、妙案。そのテで行けば数年は使えるねぇ。「お正月 子が生まれると 牛が鳴く」とか、さ。
 とにかく、メイちゃん、おめでとう。

渡辺ひろ子(元・酪農家)
『私信 づれづれ草』NO.32(2011.2.28発行)より転載

鳥日記 (2011.1)

 「宇佐のツルさん」に会いに行きました。宇佐の都留さん(85歳でなお元気な活動家都留忠久さん)ではなくて、鶴さんです。
 数日前、新聞に「大分県宇佐市にマナヅルが13羽越冬のため飛来している」と載っていて、矢も立てもたまらず鳥師匠三丸さんに案内してもらって会いに行きました。
 その日は雨・雪・晴れが頻繁に入れ替わるあいにくの天候でしたが、内モンゴルから来たというマナヅル3羽、ヒシクイ(ガン)4羽、そしてあの美しいタゲリもいっぱい見ることが出来、大満足の一日でした。
 私、野生の鶴を見るのは初めてです。鹿児島県出水市の何万羽のツルも見たいけれど、小雪舞う田で首を曲げてエサを探す3羽のツルはとても健気で優美でした。宇佐には数年前から来ているそうです。知らなかったぁ。
 最近の我が家の周辺の鳥状況ですが、寒くなってから毎日のように、アトリとエナガがやって来て声と姿で私を幸せにしてくれます。アトリはヒヨドリくらいの大きさで明るいベージュ色で口ばしが黄色のオオム型でキキリコキイーと高く鳴きます。時には10羽くらいの集団でやって来ます。エナガはピンポン玉くらいのまん丸な体に長い尾があり、白に黒とピンクの模様でほんとにカワイイ!と声が出てしまうくらいかわいいです。ジュリジュリと低音で鳴きます。10~20の集団で来ます。窓から見えるくらい近くに来ます。

渡辺ひろ子(元・酪農家)
『私信 づれづれ草』NO.31(2011.1.18発行)より転載

嗚呼・山桜

 わがムラ船迫の船迫小学校は3年前に廃校になり、跡地は国に買いあげられることが決まり、校舎取り壊しの予算も議会を通り、いよいよ工事が始まったようです。跡地に何が出来るのかも住民は知らないままです。数日前より、校庭にユンボが見え、「いよいよ取り壊しが始まるのか」と複雑な思いで下の道路を通っていました。そうしたら、校舎破壊の前に衝撃の光景が…!
 学校へ上がる坂道の上り口の脇にあった大きな山桜の木が根元からざっくりと切り倒されて切り株だけになってしまっていたのです。
 学校の入り口というより船迫の入り口という位置にあって「ようこそ」と出迎える桜でした。切らねばならない理由があったのか?とても残念です。長い長い年月を生きて、毎春、広い枝いっぱいに花を咲かせて人々の上に花びらを降らせてきた巨木です。どんな音をたてて巨体は倒れたのでしょう。事前に説明があれば「あの木は残して」という働きかけも出来たろうに。本当に残念です。人間のいとなみの愚かさに腹立たしさいっぱいです。

渡辺ひろ子(元・酪農家)
『私信 づれづれ草』NO.31(2011.1.18発行)より転載

(2011年1月18日)

duredure31-1.jpg 遅まきながら、新年明けましておめでとうございます。
 別に、正月だからといって特別なことは何もない我が家です。でも、年末年始の大雪にはちょっと驚かされましたねぇ。我が家の周辺では積雪量は大したことはなかったので、雪国の方々には申し訳ないくらいなのですが、それでも、2日の基地前座り込みにみんな来られないのでは、いや、私自身が行けないのでは…と気が気ではありませんでした。(実際には、2日の午前中だけ奇跡的に青空がのぞき、風もなく穏やかな座り込み日和でした)
 実は私、12月の初め頃に事故りまして、長年愛用のトラックを「大破」させてしまいました。このトラックは積載量850キロとハンパな大きさではありましたが、私の酪農人生の半分くらいを共に働き、乗用車を買う前は、遠出の外出も常にこれでした。普通車貨物なので毎年車検で結構費用がかかるので、酪農をやめた時点で軽トラに替えようと思いながら、でもまだちゃんと動いてくれるので決断できずにいました。「苦楽を共にした相棒」なので…。
 12月3日早朝、酪農ヘルパーの仕事に行く途中、信号のない交差点で乗用車と出会い頭の衝突です。さいわい相手側に停止の標識があり(私も当然、徐行義務があるのですが)だから運転席のドアにぶっつけられた相手も病院へ行くなどと言い出すこともなく、物損だけで解決しました。最終的に責任は相手が8割・私が2割ということになりました。私の愛車は修理不能で廃車にしました。代わりに中古(かなり古い)の軽トラを20万で買いました。(牧場のバイトの通勤に乗用車を使うとどうしても臭いが染み付いてしまうので、トラックが必要なのです。)
 8割相手の保険から出るというので、楽勝で軽トラ20万はもらえると思っていたら、何と私の愛車の評価額が10万7千円で、その8割だとかで8万少々が入金になりまして、大変な赤字となりました。ええっ、私の相棒評価って、そんなに低いの?と愕然としましたが、かれこれ20年近く乗って、しかも、かなりハードな仕事をさせてきたので、まあ、仕方ないでしょう。人間も車も古くなると評価は下落するばかりです。
 で、何十年ぶりかに、軽トラに乗る日々が始まったのですが、なんと頼りないことか。怖いくらいにふわふわ感があり、これで事故ったら即「病院行き」って慎重に運転しています。年末の雪の日、バイトの帰り道、ちょっと峠を越すのですが、ベチャ雪が1センチほど積もっていただけで、ずるずる尻を振って進めなくなり、とても焦りました。対向車でも来たらどうなっていたかと、今思い出しても冷や汗ものです。前のトラックはこの程度の雪に動じることはなかったのに…。
 ところで、この年末の大雪で、鳥取が急に有名になりました。大晦日に1000台の車が立ち往生とか500隻以上の漁船が雪の重みで沈没とか…。鳥取といっても、今回被害が出たのは県西部で、私の故郷は県東部(鳥取砂丘に近い方)なのですが、テレビで「鳥取県」を連呼されるなんて久々のことで、変な感じです。なにしろ、日本で一番目立ない県=鳥取県なので…。友人から「鳥取に1000台も車が走っていたなんて」と言われて笑えました。
 鳥取県といえば、選挙の「1票の格差」という時に必ず引き合いに出される県です。裁判で、現在の格差は憲法違反だという判決が出て国も選挙区の見直しにとりかかるようです。でも、人口比だけで単純に割り切られると、田舎に国会議員はいなくなるとまではなくとも、極端に少なくなり、結果、田舎の声は国に届かないことになります。それに、今言われている選挙区見直し案って、「道州制」導入への布石のようでイヤな臭いを感じます。
 鳥取県がんばれ! 石破茂は嫌いだけど、「珍獣ハンター・イモト」がんばれ! それから、…、あと有名人って誰? もういない? う~ん、有名人じゃなくてもいいから、鳥取県人がんばれ!

渡辺ひろ子(元・酪農家)
『私信 づれづれ草』NO.31(2011.1.18発行)より転載

浮世詠んで「憂さ晴らし」

浮世詠んで「憂さ晴らし」
男の本音・乳がんの妻・基地問題・・・1300首

 みやこ町豊津、元農水省福岡農政事務所職員の原田吉冶さん(65)が安本淡[あんぽんたん]のペンネームで初めての歌集「憂さ晴らし」を自費出版した。妻は旧豊津町時代から、現在のみやこ町まで町議を通算6期務め、乳がんと闘い続ける原田さやかさん(63)で、ふたりで歩んできた日常生活の喜怒哀楽を、絶妙の感覚で詠んだ短歌集に仕上がっている。
 (安楽秀忠)
 
みやこの原田さん、自費出版
 短歌を姶めたのは50年近く前、母親が37歳で亡くなったころからだった。歌集はその母にささげ、発行日は50回忌にあたる今月2日にした。
 自分の短歌を「手帳の端の走り書き」と評する。日々の生活の中でわき出てくる男の本音やつぶやきを言葉にしたという。さやかさんとの感情のやりとりが、読む人を思わずクスッと笑わせる。
  「なじられる訳あるときはただ黙り 嵐過ぎ去るときを待つだけ
  「暖房の全てを切りて出勤す 起きぬ妻への報復と知れ
 そうは詠みつつ、さやかさんが10年余り前、乳がんの手術をすることになった際には、
  「乳房切る 日は十一日と決まりたる われはそれ迄飲まぬと決める
 妻とともに病気と闘う気持ちを素直に表現している。
 長年、労働組合運動や政治活動にも携わり、気骨のある面ものぞかせる。
  「演説の声を掻き消す 皐月雨 築城基地には傘の花咲く
 このほか、職場や通勤途上で観察した物事を詠んだ短歌など、1万首を超える歌の中から厳選した1300首を収録している。
 元々、掛けことばが好きで、退職後からペンネームを名乗るようになったという。原田さんは妻へのざんげの念を込めて、取材の最後にこう詠んだ。
  「詠む歌は その場限りのワンシーン 活字となるに 憤り買う
 四六判194ページ、1260円、海鳥社(092・771・0132)刊で、1千部印刷した。行橋市内などの書店に並んでいる。
『'10.10.22 朝日新聞』より
 20年来の友人で、反基地運動の仲間でもある原田さやかさんの夫・吉治さんの短歌集です。短歌集というと敷居が高いと敬遠しがちですが、これは違います。短歌集を読んでこんなに笑ったの初めてです。身近に原田夫妻の日常を知る私なんぞは、もう、爆笑です。さやかさんは「全部買い占めてどこかに押し込んでしまいたい」と言ってます。私がこんな所にドカッと「宣伝」したら、いっそう嘆くだろうと思いつつ、あえて載せました。
 吉治氏、短歌の新境地を切り拓いた、の一冊です。

 ソファーに寝るわれを詰りて 畑に出し パソコン盾に転寝の妻

 妻のする作業すべてを家事と言い われが為しても家事とは言わぬ

 届きたる栗剥きおれば 剥かぬ妻 渋皮残さず取れと指示する

 もちろん、妻への苦言ばかりじゃなく、しみじみモノや背筋のピンと伸びた歌もたくさんあります。「言葉を磨いて磨いて」詠んだ歌というより、日々のつぶやきをそのまま文字にしたという感じで、今風のツイッターに通じると言ったら吉治さん、怒るかなぁ。
 みなさんにぜひ読んでもらいたいのですが、原田氏の手元にももうないそうなので、海鳥社に注文して下さい。
 二人とも親なし子なしでずっと二人暮しの原田夫妻。今、二人で晴耕雨読の日々。野菜は吉治さん、花はさやかさん。おだやかとは言い難い二人の会話の微妙なズレがはた目になかなか楽しいですよ。いいコンビです。

渡辺ひろ子(元・酪農家)
『私信 づれづれ草』NO.30(2010.11.24発行)より転載

農と人とくらし研究センター

Research Institute for
Rural Community and Life
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