農・人・くらし
NPO法人 農と人とくらし研究センター コラム
- 2025.04.20
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- 2010.02.13
漫画『百姓貴族』
- 2010.01.30
鳥日記 (2009.12)
- 2010.01.23
セツケイカワゲラ
- 2010.01.15
ホンモロコ
- 2010.01.02
わが家の畑・冬編
- 2009.12.20
トキ米
- 2009.11.30
鳥日記 (2009.10)
- 2009.11.15
田んぼ事情
漫画『百姓貴族』
買いました。読みました。農業を知らない人が読んでどう思うのか分からないけれど、元・酪農家の私が読むと、「そうそう、うんうん、あるある」と随所で笑えます。そして、ところどころで過激な表現が出てきて「よっしゃあ!そうだ、もっと叫べーッ!」って感じでなかなかいいです。
荒川弘さんは、北海道の農家の息子で、実家は酪農と野菜の複合経営なので、ハンパじゃない重労働に追われているわけで、その実態を面白く明るく過激に描いています。 わがままばかり言う消費者に対し「食料供給ストップして、あいつら 飢え死にさせたろかいと思います」な~んて言い放っちゃうんです。もう、「いいぞ!もっと言え!」と声援送ってしまいますよ。
このマンガ、『ウイングス』という隔月発売のマンガ雑誌に連載しているもので、このマンガ雑誌は「大人ガールのための、ドラマチック・ロマンチック・マガジン」だそうです。高校生からもうちょっと上の年齢までの、いわゆる"女の子"が読むもののようです。その中に、まあ、ずいぶん異質な百姓万歳マンガを紛れ込ませて連載にしている編集者がえらい!
世の女の子たち、このマンガをしっかり読んで農家の暮らしや仕事や百姓の気持ちを理解してモノを食う時はこころして食えよ。ママになったら、子どもにもちゃんと教えるんだぞ。
「北海道独立」 いいですねえ。
「沖縄独立」という主張は市民運動の一部でかなり前から語られていました。北海道も独立しちゃいますか。いいですねえ。
沖縄も北海道も、ヤマトが力で屈服させて「日本」に組み込んだのだから、「もうこれ以上、蹂躙されるのはいやだ」というのはもっともな主張だよ。ガンガン言って、ヤマトの頬を張り飛ばしていいと思うよ。
ところで、餌の高騰も一段落し、乳価もちょっと上がった昨年ですが、酪農家の暮らしは少しは楽になったでしょうか?
コミック『百姓貴族』 荒川弘・作 新書館 680円+税
全国書店で絶賛(?)発売中
鳥日記 (2009.12)
行橋市今川河口に、今年も絶滅危惧種であるクロツラヘラサギがやって来てくれました。
私が確認したのは11月18日です。5羽いました。
数日後、鳥師匠三丸さんから転送メールが届きました。それによると、東大と九大の合同チームが夏に韓国で5羽のクロツラヘラサギに発信機を取り付けたそうで、その中の1羽が今川河口付近に来たのを受信したが、その後について追跡観察を誰かしてくれないか、ということのようです。発信機をつけられたその個体(今川に来たやつ)は弱っているようで心配だというのです。
メールを見た翌日、行って、あちこち探してみたけれど何とクロツラは一羽も発見出来ず。干潮時間だったので餌取りにでかけているのかも・・、と思い、こんどは満潮時間に行って見るが、やっぱり一羽も見えない。どこかに越冬場所を変更してしまったのかも・・と残念に思いつつ、それでも諦めきれずにちょこちょこ見に通いました。(ヒマ人)
12月9日、いた! 3羽のクロツラがいた。
発信機を装着した個体がいるかどうかは、私の安物双眼鏡と私のつたない眼力では確認できないけれど、そんなことは私にはどうでもいいことで、「いた!」ってだけで満足です。3羽戻ったと安心したけれど、13日に行ったら1羽しかいなくて、それ以来ずーっと1羽です。カモやカモメやアオサギやシラサギやウミウなどいっぱいいて、とてもにぎやかな中州なので寂しくはないのかも知れないけれど、1羽ってのはやっぱりかわいそうです。他の連中はどこに行ってしまったのでしょう。彼が発信機をつけられた個体で弱っていて取り残されたのでしょうか。1羽きりでも、元気にここで春まで過ごしてほしいです。
前述の鳥取のよっちゃんから、米子水鳥公園に毎年1羽のクロツラが越冬に来るという新聞記事が送られて来ました。ああ、単独行動ありなんだなぁ、とちょっと安心です。
クロツラの他にも今、毎日追っかけているのがヤマセミです。Y牧場にお仕事に行く途中の祓川という川のほぼ同じ所にほぼ毎日私の通る時間に合わせたかのようにヤマセミが餌取りに来ているのです。少しでも近づいて撮りたいと、カメラを持って追いかけるけど、ある距離まで近づくと「ケッ」と鳴いて遠ざかります。「いつもいつも同じようなゴミみたいな写真を撮って」と娘にバカにされます。でも、ヤマセミ、カッコいいです。カワセミも毎日のように見ます。
いいところに暮らしているでしょう。
渡辺ひろ子(元・酪農家)『私信 づれづれ草』NO.21(2009.12.23発行)より転載
セツケイカワゲラ
その本に書かれているさまざまな虫や魚や動物たちの生態に驚き、感心し、こんなことを考え、研究して一生を終わらせた日高さんをうらやましくさえ思いました。
その本の中に「セッケイカワゲラ」という虫の話が出てきます。セッケイとは雪渓のことのようです。一センチに満たない黒い虫で、羽も持たない短い足でちょこちょこ歩くしかない小さな目立たない虫です。以下、日高さんの文章を引用します。
「セッケイカワゲラは十二月ごろ、成虫になって山の沢から雪の上へでてくる。それから彼らはせっせと雪の上を歩き始める。歩くのは天気のいい日だけ。太陽コンパスを巧みに使って、彼らは上流へ上流へと歩く。食べ物は雪の上に落ちている有機物。二月になると、オスとメスが雪の上で出会い、交尾する。やがてオスは死ぬが、メスは歩きつづける。三月ごろ、メスは沢に下り、雪のない水面を探して卵を産む。卵から孵った幼虫は、そのまま秋まで水底で休眠している。脱皮もしないし、大きくもならない。半年ほど経って秋がくると、山の木々の葉が散り始める。葉は沢の中に落ちてくる。すると幼虫たちは急に動き出す。落ち葉を食べ大きくなっていく。そして十二月、初雪が沢を埋め尽くしてしまう前に、幼虫は成虫になり、雪の上に出て行く。それから約二ヶ月、彼らは雪の上をせっせと歩きつづけるのだ。」
セッケイカワゲラに比べて、人間の営みのなんと薄汚いことか、と思いました。
それにしても、この地球には私の知らないことが多すぎて、知らないで日々を過ごすことがもったいなく思えます。
日高さんの一生、万歳です。
渡辺ひろ子(元・酪農家)『私信 づれづれ草』NO.21(2009.12.23発行)より転載
ホンモロコ
ホンモロコシンポジュウム?しかも「全国」?何、それ?
モロコつて確か淡水魚で琵琶湖にしかいない、とかじゃなかった?
その全国シンポジュウムが何で鳥取で開催されるわけ?
早速インターネットで「ホンモロコ」を検索してみました。すると、出るわ出るわ「鳥取」の名が・・。
しかも、私が生まれ育った町の名が、です。
どうやら、町おこしと農業の生き残りをかけて、休耕田を利用してホンモロコの養殖に取り組み、特産品として売り出しに成功しつつある、ということのようです。「八頭(やず)ホンモロコ共和国」なんてのも出来ています。びっくり~。
ホンモロコの説明のところには「卓上コンロで焼いて、しょうが醤油、もしくはすだちを搾り込んだ醤油で食べるのは異常にうまい。魔味であると思っている」とまで書かれていて興味をそそります。
去年、小学校の還暦同窓会で鳥取に帰った時には、そんな話、聞かなかったなぁ。食べてみたかったなぁ。
日本で一番日立たない鳥取県だけど、それなりに頑張っているんだね。ちょっとうれしくなりました。
「勤勉で控え目」な鳥取県民、がんばれ!
わが家の畑・冬編
早く食べてしまわないと、少し暖かくなると筋が硬くなって食べられなくなります。東京の長女の所に米を送る時、ニンジンもどっさり入れました。孫たちよ、ニンジン嫌いでも食え!
それから、ジャガイモも少し植えていて、草ぼうぼうのまま、忘れてしまっていて、霜が降りる頃になって掘りました。これがまた巨大なジャガイモ。びっくりです。連日、カレーとシチューと肉じゃがです。
虫に全滅させられた大根や小松菜やチンゲンサイやカブなどの「跡地」には、豊富な肥料を吸って青々とやわらかでうまそうな雑草が生い茂っています。ヒヨコグサなんか本当にうまそうです。今度食ってみます。
ブロッコリーは、年末年始に降った雪のおかけで、やっと青虫から解放されたのですが、今度はヒヨドリ攻撃です。不思議に花芽(人間が食べる部分)は食べないで、葉っぱばかりつつくので、まあ、被害は少ないんだけれど、糞害に困っています。
ヒヨドリが出たところで、再び鳥の話に戻るのですが、冬になって、やたらとヒヨドリが増えて、キーキーと鳴き叫んでいまして、まるで世の中の鳥の8割くらいはヒヨドリなのでは・・・とさえ思うほどでした。
ところが最近、ヒヨドリと思っていた鳥の中の何割かは、ツグミだったり、シロハラだったり、ムクドリだったり、ということがわかって来ました。あの大きさの鳥はみんなヒヨドリと思ってよく見もしなかったし、声に至っては、「ヒヨドリっていろいろ鳴き方にバリエーションがある」なんて知ったかぶりしてました。恥ずかしい限りです。ヒヨちゃん、「暴走族」とか「チーマー」とか悪口いったりしてたけど、ごめんね。
畑に話を戻します。マルチを敷いて、スナップエンドウとソラマメを撒きました。ソラマメは私はあまり好きじゃないんだけど、実は、テレビの『鉄腕ダッシュ』という番組で(私、実はジャニーズのTOKIOのファンなのです)ソラマメを使って「豆板醤」を作っていたのを見て、長女に「ダッシュ村のホームページに作り方が載ってるからプリントして送って」とたのんだのです。作ってみようと楽しみに苗の成長を待っているところです。
あっという間にもう2月です。3月に入ったら、春ジャガを植えます。種ものも、秋の失敗にもめげずに又、いろいろ撒くつもりです。
畑のちょぼちょぼ野菜を作って、鳥を眺めて、ひねもすのたりのたりかな。いい人生です。
トキ米
佐渡では、トキの保護のために、除草剤一回のみの、ほぼ無農薬で米作りをして、しかも、トキの餌となる生き物が繁殖しやすい環境を作るために、田にかなりの深さの溝を掘り、冬場も田に水を入れているそうです。冬に田を干しておかないと、じる田になって、耕作しにくいが、トキのためにみんなで申し合わせてそうしているのだといいます。
トキが増えれば観光客が増えるだろう、との思惑があるにしても、それでもみんなが意思統一出来ているとしたら、すごいなぁと思います。
みなさん、佐渡に行くことがあったら、お土産にトキ米を買いましょうね。
渡辺ひろ子(元・酪農家)『私信 づれづれ草』NO.20(2009.10.31発行)より転載
鳥日記 (2009.10)
で、先日、バイトの休みの日に次女と車で出かけました。
和白干潟に私はまだ行ったことがありませんでした。で、和白にわりと近くに住む友人真紀ちゃんに案内を頼みました。
車を近くに乗り入れることが出来ない地理にあり、重いカメラバッグを下げて少し歩きました。とてもいい天気で、汗をかきかき歩いてやっと干潟に下りることは出来ました。
でも、遠くにカモやアオサギやカモメがいて、その中のどれがミヤコドリか、私には判別出来ません。きょろきょろしていると、突然、8~9羽の黒っぽい鳥がぱたぱたと海の中道の方へ飛んで行きました。
「今のがミヤコドリだったと思おう」ということにして、急に潮が満ちてきた干潟を後にしました。
海の中道から志賀島を一周しました。志賀島は金印が出土したといわれる所です。岩場にウミウに混じってクロサギもいました。クロサギを見るのも初めてです。(ウミウと思っていたら、写真を見て、鳥プロ三丸さんが、「これはクロサギ」)
和白から2日後、こんどは、三丸さんのお誘いで中津市の八面山に「ハイタカの渡り」を見に行きました。ハイタカは今の時期、朝鮮半島から越冬のために九州・四国などに渡って来るのだそうです。「希少生物研究会」の主要メンバーである三丸さんは特に鷲鷹大好きなので、「渡り」の時期にはほとんど毎日、八面山の山頂で双眼鏡覗いて、数を数えてノートに書き込んで一日を過ごしています。
北風の日がいい、ということだったけど、この日は穏やかで無風だったので3羽しか見られませんでしたが、写真も何とか撮れました。
ジョウビタキもたくさん帰ってきたし、カモやカモメも増えて、鳥好きにはいい季節になって来ました。犬の散歩コースの雑木林にもいろんな鳥がいてたのしみです。ところが、ここを宅地造成するとかで、地鎮祭がありました。ええっ、この林をつぶしてしまうの? こんなところ宅地で売り出したって家を建てて住む人いないだろうに・・。牛舎のすぐ横だもの。臭いし、ハエは多いし。でも、鳥はいっぱいすんでいるんだよ。
渡辺ひろ子(元・酪農家)『私信 づれづれ草』NO.20(2009.10.31発行)より転載
田んぼ事情
私は田んぼ全部を人に作ってもらっていて、だから、人の米作りについてとやかくいう資格はないのだけれど・・と思いつつ、でも気になっていることがあるのです。
ここ2~3年、周辺の田んぼの様子が変です。ヒエがびっしりと生え茂って稲が見えないくらいの田がそこかしこに見受けられます。しかも、年々増えて来てます。稲刈りまで、そのままです。
決して「無農薬栽培」が増えたというようなことではないと思います。
普通、田植えの時に、除草剤を入れます。水管理をうまくやれば、一度の除草剤でほぼ大丈夫です。少しは草が生えます。以前はそれを「田の草取り」といって、腰を曲げて手で取っていました。
最近は、田に這いつくばって草取りする人の姿はほとんど見かけません。除草剤の効能がアップしたせいもあるし、「少々の草には目をつぶる」人が増えたこともあるのでしょう。
でも、本当にここ2~3年のことですが、「少々の草」なんて次元ではないヒエだらけの田があちこちに出現して、年々増殖しつつあります。
いったい何が原因なのでしょう。
じつは、うちの隣のMさんの田がうちのすぐ前にあります。おじいさんは先年亡くなって、おばあさん一人暮らしです。86歳です。田畑の管理は隣町に住む息子さん(60歳)が来てやっています。去年も田はヒエだらけになり、稲刈り前になって、おばあさんが稲より高く伸びたヒエを鎌で刈り取りました。何日も何日もかけて。
でも、その時はすでにヒエは実って種を落としてしまっていたのです。だから、今年もヒエびっしり。そして今年も稲刈り直前におばあさんが鎌でやっぱりヒエを刈りました。
おばあさんがヒエを刈る理由は「めんどうしいから」です。「めんどうしい」とは「恥ずかしい」という方言です。60歳の息子さんにとって、ヒエだらけの田は別に「恥」でもないのでしょう。
どうやらこのあたりに、ヒエ田増殖の秘密がありそうです。
米を一生懸命作ってきた「お百姓さん」たちが死んだり、動けなくなったりして、しかし、次の世代は「ずっとサラリーマン」だったわけで、米作りの技術も精神もうまく伝達出来ていないままなのではないかと思うのです。「ヒエを生やしていたらめんどうしい」と思って、せっせと田の草取りをしてきた先人たちは、老いて「腰の曲がった老人」になりました。そのことを思うと、今、後継者たちが、ヒエを取らないことを安直に批判することも出来ません。
「ヒエ取りして、米が少しくらい多く出来ても、それでなんぼ儲かるってもんでもなし」という声に答えられる人がいるでしょうか。
ただ、何千年もの間、連綿と伝えられてきた「百姓の心」が途絶えていくことに、無念の思いが残るのです。
渡辺ひろ子(元・酪農家)『私信 づれづれ草』NO.20(2009.10.31発行)より転載