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農・人・くらし

NPO法人 農と人とくらし研究センター コラム

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「農村生活」時評28 "入浴という生活リズム"

 あるテレビ番組で関西在住の作家がひとつの思考停止の例として、あの阪神・淡路大震災時に揺すられている間はパニックになって何も考えられなかったという話をしていた。昨今、話題の避難方法の話しではなく、これを聞いて私はこの方の指摘したこととは局面が異なるが、ここ十年か二十年来か、日本の社会全体が揺すられてしまい、いわば震源に近い人ほど思考停止になっている状態ではないかと思った。世間には暴論、極論、曲論が横行して中々、正論というか、まともな話が通じない状況で、いわゆる知識人が発言を控える言論界の空気が危険だと思っていたが、社会的基盤のひとつの側面としてこういうこともあるのだろう。
 なんとかの一つ覚えだが、私は40年以上「生活リズム」という課題を追いかけ、農村の暮らしについての研究手法としての側面も提案してきた。人間は地球に暮らしている限り全ての生物と同じく、生物リズムに支配されている。それを基礎に近代人は社会に合わせて生活リズムの型を身に付けてきたが、それを具体的にいかに自分の型として自覚するかどうかが、この世間で落ち着いて暮らすためのひとつの大事な別れ道である。生活リズムというと夏休みの子どもの健康的な時間の過ごし方のような受け取り方が一般だが、実は仕事や情報に追われた社会人が落ち着くための生活作法である。
bath.jpg さて、この生活リズムには多様な中味があるが、私にはあまり注目されないが"入浴"という生活行動上のポイントが気になっていた。世間では調べたわけではないが夕食後、就寝までの間に入浴するのがごく普通だろう。もちろん高齢者施設では入浴について独自の時間設定があるが、通勤時間のある勤め人の家庭では大体こうなるだろう。
 私が半世紀前に農協に勤めていた時、農家の長屋門の一室を借りて寄宿したが、その農家ではお祖父さんが夕方になると風呂をわかし、担い手世代が農作業から帰ってくるとまず入浴して着替えていた。そこは温暖な土地で年中、屋外の仕事があったからこの生活パターンはいつもごく自然に続けられていたように思い出す。その後農村調査マンに転じ、多くの農家の労働状態を圃場に、屋敷内にと追いかけて測定して歩いた。そのなかで、入浴は体の生理からいえば労働と同じ活動状態で、気分的あるいは生活時間分類上は休息状態であるという二重の性格を持ち、生活リズムからいうと労働と休養という二大生活行動上の接点に位置しており、極めて重要なポイントだ、ということに思い当たった。
 この農家の生活リズムの型を社会条件の異なる現代生活に再生させることは、将来究極の職住接近社会でも出来なければ無理だろうと考えていたが、ある新聞にこんな体験記が載っていた。働いているお母さんが夕方、保育所から子どもを引き取りすぐ、夕食の準備にかかるが、昼間お母さんと離れていた子どもがまとわりついて家事の邪魔になって仕方がない。そこで友人の助言で、帰宅すると、ともかくすぐ一緒に入浴して固く抱きしめてあげるようにしたという。すると子どもも落ち着いてくれたので、かえって夕食の準備が手際よくできるようになったという。もちろんこの入浴が働くお母さんの気分一新に役立ったことはいうまでもない。この記事を読んで現代社会において、新しく生活リズムを創造していく最前線の工夫ということを教えられた。
 日々の生活リズムを刻むのはなんといっても、24時間での睡眠時間の考え方である。
 現代日本人は現役世代が世界で一番、睡眠時間を削って生活している「トップランナー」である。バリバリ活動していて誠に合理的に見えるが、私には実はそれが健康を阻害しているように見える。医学的なことはまったく知らないが、世間でよく話題になるうつ病発生のひとつの基盤になっているような気がする。
 次は活動時間をどう過ごすかが課題となる。普通の人は職場の労働時間とその時刻がすべてを決めるが、物書きのような自分で時間を配分できる人はどうか。著名人は死後、日記でも刊行されないと具体的な生活については判らないが、これまた別の新聞記事によると「つまり、一日というものが厳として存在し、それが24時間しかない、と。この"単位"のなかで、つねにノリにいたる道を築かねばならない。これは生活のリズムの、組み立てだ。そして、リズムを刻むのは、つねに食だ(古川日出男:作家の口福、朝日09.6.6)」とある。また、稀な例だろうが、朝の入浴が執筆仕事の始まりというシナリオ作家の話も聞いたことがある。
 かつて私が仕事していた青森・津軽地域は、その頃も今も若者の就職先に乏しく気象条件にも恵まれていなかったが、弘前市内にも周辺にも銭湯のような温泉の多い所だった。私は休日に路線バスを利用して足場の良いところへ入りに行く程度だったが、大学の同僚にいつも出勤前に車を駆って毎日のように違う所に入浴してくる先生がいた。秋らしくなると津軽の紅葉とともに、近在の人々が入る気楽な温泉の佇まいと、いかにも自分の生活のペースを大事にしていた彼のことを思い出す。

森川辰夫
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