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農・人・くらし

NPO法人 農と人とくらし研究センター コラム

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「農村生活」時評26 "地震に揺すられて"

 暑い最中、続けて3回もゆらゆらと地震に陋屋が揺られた。私のすむ茨城県南部は日頃から地震が多く、その上わが家が建っているのが安い小規模開発地で地盤が悪く、それなりに揺れるのには慣れている。それでもこの三回にわたる連続地震は気持ちよくない。高齢者なので朝、早くから目覚めることが多いが、あの日の朝、何かの知らせか、5時前に目覚めて枕元のラジオをつけた。定時ニュースの最中、聞き覚えのあるチャイムが鳴る。何だ?と思ったら「緊急地震速報」という。その後すぐ、ゆらゆらときたから速報が間に合ったことになるが、布団から出る間もなく寝ぼけていて何も出来なかった。しかしかねてから話題の予知らしきものを聞いた始めての経験である。
 私自身が農村生活研究に従事していた時代は、戦後でも特別な私の表現では「好天好況の20年」で直接災害研究の経験がないが、ごく身近の研究者の知人には災害研究の実績がある。昔々勤務した旧中国農試は阪神・淡路大震災に際して農水省研究としては大規模な共同研究を実施して同僚たちが報告書を執筆している。また雲仙普賢岳の火山災害については、かつて度々農村調査をともにしたことのある九州大学の社会学グループが長期の調査研究を進めて浩瀚な報告書が出ている。日本列島は地球上で難しい位置にあるから、災害の種類には恵まれている。
 研究者としてはこのように報告書を書くのが仕事だが、この種の救援・復旧関係業績はデータを着実に積み上げていく考古学の遺跡発掘報告書とは性格が異なる。やはり被害地の直接関係する住民だけでなく、災害列島に住む現今の日本人の危機管理のノウハウとして生かされねばもったいない。いや台風害についてはどうやらアジアに共通のようであり、地震災害についてはまさに世界各国共通の悩みであろう。地震害については工学としての新知見がその後の建物構造とか大型構造物の設計には生かされているようだが、災害を受けた住民「生活」の再建課題はそこの政治的側面が関与するから、なかなか社会化というか、一般化しないようである。戦争難民が何千万人も生まれている時に自然災害だけを対象として特別視することにもちろん問題があるが、いわゆる難民問題よりも人道的介入がやり易く、いわば政治的側面がやや弱くなっていて、ミャンマーの台風害のように外国から対応しやすいのではないか。
 災害救助の初期はもちろん人命対策が第一でなによりも医療が優先する。そこでの物資としては水、薬品、非常食品である。災害後数日からは助かった人の本当の「生活再建」が課題として浮上する。支援体制を別にして救援物資だけを想定すれば飲用を含む生活用水、当座の食料、最低の衣料と寝具、そして雨露をしのぐテントや簡易住宅という順序になるのか。この段階、いわば緊急の救助活動がおわり恒久的な建物の再建などが始るまでの期間が実はもっとも長期にわたるのである。この生活再建の本番である、暮らしの期間の営みがあまりにも日常的というか、常識的な中味であり、早い話が映像ジャーナリズムの対象になり難い。しかし近年、外見からではわからないこの時期における被災した子どもの心理対策が強調されるように、また成人にとっても疲れの出る頃で、被災者生活研究としてはここが勘所であろう。
 したがって多様な解決が求められる現実があるが、私は余り話題にならないが、ィ・簡易な給食体制であってもどういう献立構成するか、ロ・集団生活でのトイレをどうするか、ハ・簡易な建物の場合の寝具の保温方式、ニ・集団生活での入浴体制をどうするか、ホ・子どもの保育などが気になる。しかしなかでも被災地への食料供給つまり農業・農村との接点がわれわれ業界関係者の課題である。各自治体で災害用食品の備蓄が進められているが、それはいわばごく初期の対策である。そのあとの食生活は自己責任というのが国の政策かもしれないが、住民にはかなり長期に基本的な生鮮食料品の供給体制が必要だし、なによりも給食体制が不可欠であろう。被災地におけるこれまでの自治体のやりかたをみると、予算の制限のせいだろうが、とりあえず手軽なおにぎり、菓子パンの提供があったりして、その後は体制が整備されてもせいぜい仕出弁当の配給である。これでは飢えは防げるが「生活」支援でもなく、ましてや住民には再建の元気もでない。
 "常日頃からこういう事態に備えよ"、といっても今の社会では絵空事で、世間知らずの妄言あつかいだろう。そこでなにかしら今の現実とつながるような、このご時世でも実現可能な提起が必要である。といっても妄言に近く、いかにもお粗末だが二つの提案をしておきたい。
 ひとつは昔から提案してきたつもりだが、学校の休みの期間に学校給食施設を使わせてもらって住民が参加していわゆる避難訓練だけでなく、作るところから食べるところまで体験する活動を展開することである。こんなことは自校方式で気の利いた自治組織ならすぐできる。しかしもっと一般化するにはいわゆる給食センターを利用して、あくまで有志参加でごく小規模にやることである。それも地元の高齢者施設だけを対象に試みてみることも意義があるのではないか。地元で大火事が起きてから、"そういう恵まれない高齢者の方々が住んでおられたのですか"、と驚くのでは悲しいことである。
 もうひとつは都会と農村の自治体が協定を結んで災害救援のシステムをつくっているが、そこで遠距離ではあるがこの給食支援体制の模擬活動をお互いにやりあってはどうかということである。この種の行政上のことについては無知なので何も具体的にいえないが、住民と役所がその気になればいろいろなことが出来そうである。
 いずれにしてもいくらかの予算が必要だが、一番むずかしいのは関係者の話し合いとその組織化ではないか。世間では災害ボランティアの実践活動が進んでいるが、もうすこし進めて市民参加の水準にまで高めるには、農村地域での実践で普及員の方々が積み上げてきた、住民と行政の双方を視野に入れた、これまでの生活組織化のノウハウが必要だ。こういう新しい活動が進めば普及知見の新しい領域への今日的適用になる、ということを頼む立場の人も頼まれる立場の人も気づいてないのではないか。

森川辰夫
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農と人とくらし研究センター

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