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農・人・くらし

NPO法人 農と人とくらし研究センター コラム

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「農村生活」時評22 "ひとつのマニュアル"

books4.jpg 映画化されるほど有名になった旭山動物園は、名物園長の退職で最近メディアの取材対象になった。新しく「エゾシカの森」とカナダ・オオカミ園を隣り合わせにして造り、そのお互いの緊張関係を展示しているそうだ。この北の動物園にたいして、北海道には南に北海道大学「苫小牧研究林」(旧演習林の再生)という植物展示を主体とする施設がある。こちらは樹木だから展示物はそこに立っているだけでもとより動かないし、確かに動物園のような面白さには欠ける。だから老人の友、全国ネットのテレビに登場したのを見たことがないが、日本列島だけでなく地球生物生態圏についての研究的な意義では動物園に決して劣らないのではないか。
 この施設は都市圏に隣接しており大学演習林としては荒廃していたのを、林学占有ではなく生物学研究者のための研究フィールドとして造成し、あわせて苫小牧市民を中心とした都市住民にも親しまれる樹木園的研究拠点に再生させた、あるいは再生させつつある事例である。私は林学の出身ではないが農林業関係の「実習」ならなんでもやらせられた学科なので、学生時代の貴重なある夏、一週間の演習林実習の経験がある。しかしここで森林そのものについて語りたいのではない。この研究林を創った主役の石城謙吉氏の「森林と人間―ある都市近郊林の物語」(岩波新書)を友人から借りて読んでいたら、鋭い「マニュアル」批判の文章にぶつかった。石城氏とこの演習林の直面した課題は正に前例のない事業で、出来合いのマニュアルが林学にも世間にも存在するわけは無い。それは旭山動物園の有名な新展示方式への挑戦でも同じことである。
 しかし世間は今、これまでのどの世に比しても画一的なマニュアル全盛時代で、いつもなら私も、氏の具体的で迫力のある指摘を同感するだけで、ただ読み過ごしたであろう。だがこの春、私は自分の仕事に近い分野のひとつのマニュアル本の編集に参加して、難産の末の発刊をホッとして喜んだばかりだった。その人間にとっては、「森林と人間」のひとつひとつの指摘が胸に刺さる思いである。現場では分野の違いも少しはあろうが、一般的にいって確かに良く出来たマニュアルほどそこの人間は頭を使わなくなるかも知れない。そして現場の工夫なくただ機械的な、官僚的な進め方をやれば、そこの現場が荒廃し、結果としてマニュアルの破綻となるだろう。
 この欠陥を補うものはその使用書を使う人間の、その目的に対する理念のあり方、担当する事業、活動に対する本当の熱意、やる気の高さというか、活用する構えではないか。私たちの共同して作り上げたマニュアル本は、その点を考慮して前半部分にこれを手にした当人への理念的呼びかけを重視したが、まさにその点についてのスポンサーの理解が得られずに大幅に削除されたので、この考えは必ずしも徹底しなかった。だからできたものには、現場から大いに批判を受けたいと思う。この「森林と人間」のおかげで、想定されるマニュアル批判に対して、少し心の準備ができた。
 石城氏の本は森林の歴史、人間による伐採の経過、日本と北海道の森林経営の歴史を踏まえて、今日の森林のありかた、特に都市近郊林をつくる意義を説くにいたる、マニュアルではないひとつの科学論であるが、「新書」という体裁でもあり、よく読めば市民向けの「都市近郊林の造り方」の高度なマニュアル本でもある。そうなると単なるマニュアル本と科学本との差は、一体なんであろうか。ただ単に物事への処し方を判りやすく説明したものと、ひとつの科学思想を説く啓蒙書の違いか。
 
森川辰夫
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