農・人・くらし
NPO法人 農と人とくらし研究センター コラム
「農村生活」時評12 "多様な季節を生きるくらしを"
その温暖化がらみか、このごろ日本の四季がらみの話をよく耳にするが、私たちのくらしはこの季節変化をひとつの軸としている。特に農業生産はさらに地域の微妙な気象現象のなかで営まれるから、「地産地消」を願うなら、いままで以上に季節を大事にするくらしが求められる。現代日本というか、とくに大都会の生活は季節性を超越し、コンビニのように24時間サイクルの昼夜の変化も無視する有様で、それが進歩のように思ってきたが、夢中で働いてきた現役世代もいささか疲れてきたようである。さらに人間だけでなく、大分地球自体も怪しくなってきた。
四季という表現は日本語にとってはきわめて大事な存在だが、私は日本の季節にはその外に二季、つまり梅雨と野分があると考えている。これは古くは、最近亡くなられた多田道太郎氏の提唱された説だが、私の根拠は昭和後期というか中期というか、昭和20年代、30年代(1950~65年ごろ)を中心とする時代の農家生活時間調査結果の分析である。その頃でも年間調査のデータというのはそれほど多くはないが、当時の農家の生活は当り前だが、農作業上季節変動に素直に対応していて、この列島における人間のくらしの、いわば自然に沿うあり様の原型をしめしている。私は農家の年間生活時間の中味を検討して、そこから労働時間・睡眠時間を軸にした時間配分類型を想定し、それらの季節変動という手法であれこれ、ひねくりまわしてみた。すると四季に対応したような年間四類型というのは稀で、多くは五ないし七類型におさまった。対象農家に北海道と沖縄は含まれていなかったから、あくまで本州中心の話だが春と夏の間にはなにか一つの時期があり、さらに夏と秋の間にも一つの時期があるというのが、データで見る限りいちばん一般的だった。そこに先学の梅雨と野分という表現を当てはめた次第である。したがって必ずしもその時期に長雨や嵐の登場が不可欠という訳ではない。
それでは冬と春の間、秋と冬の間はどうかという疑問が生まれる。私はこの仕事をまとめたあと、岩手県盛岡市に住み、さらに数年後ふたたび岩手、そして津軽という本州の代表的な北国に住むという経験をした。そこには確かに特徴的な埃の多い春先という季節があり、初冬という季節も結構長いのである。だから北国、雪国では事実、単純な冬というものはなくて、寒気と雪がその地に多彩な季節的演出を試みるが、農家の生活時間類型としてみれば農閑・冬季型が支配的であった。
国際的な比較では日本人がもっとも睡眠時間を削っているという。そうやって働いている人々自身にとっては季節によって生活時間配分を変える余裕はないが、家族と社会を見れば、こどもと高齢者にとって季節とその変化はなんといっても生活の基本である。その常識的な現実を踏まえて、この列島に新しい社会環境下で季節に対応した現代生活というものを創造してもらいたいものである。
森川辰夫
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