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農・人・くらし

NPO法人 農と人とくらし研究センター コラム

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おだやかな表情のゆくえ(下)「先進」国の責任

thai3-1.jpg  水牛のことを「男の友」と語ったのは、フィリピンのボホール島の農民である。10年前に農村生活実態を調査していたとき聞いた一言である。鶏や豚や牛の世話は女や子どもも担うが、水牛の世話をするのはもっぱら男たちだった。私は3年間そのボホール島で暮らしたが、鋤を付けて田畑を耕し、橇を引いて荷を運ぶ水牛の姿はごく普通の光景だった。水牛は家族にとって貴重な資産であり、病人が出れば治療費のために手放すこともあり、またフィエスタ(祭り)の料理に欠かせない食材にもなる。しかし、共に働く人間にとって、水牛という役畜は、やはり単なる家畜以上の存在であり、重労働を分かち合う仲間という意識も強いのではないか、とそのとき思った。だから、水牛がいなくなって寂しいと語るタイの農村の古老たちの気持ちは、thai3-2.jpg家族の一員か仲間の一人を失った寂しさに通ずる感情だと理解した。農耕馬や役畜牛を家族の一員のように扱ったという、かつての日本の農民たちも同じような思いを抱いていたと思う。
 水牛は耕耘機に取って代わった。村を歩くと、耕耘機のエンジンを使ってポンプで灌漑用水路から田に水をくみ上げている場面に出くわした。なるほど耕耘機には水牛にはないこうした便利な使い方もあるのだ。耕耘機やトラクターは目にしたが、水田は区画整理されているわけではなく、田植え機やコンバインも普及していない。田植えや稲刈りは、人を雇ったり、隣近所の共同作業で行われているという。たまたま共同で苗取りを行っている人々を見かけた。多くの村人と子供が参加した植林の現場に立ち会う機会もあった。村にはまだ多くの人が暮らしていて、暮らしには人手を必要とする作業が残thai3-3.jpgっていた。
 これから農村開発に携わる途上国からの研修生たちには、生活の様々な問題点の改善に取り組むのはもちろんだが、それだけを考えるのではなく、地域社会がもつ旧来の技術や制度や文化の良い点にも目を向けてほしいと思っている。良い点が何かを住民に問いかけて、それを自覚的に残す取り組みも必要で、そうしたことへの支援も考えてほしい。
 日本の戦後の農村がたどった道を今から振り返ると、生活の向上をめざす努力の過程で、期せずして、暮らしの中に息づいていた多くの知恵や技や人々のつながりも一緒に、ブルドーザーのように根こそぎ変えてしまった、という思いがつのる。それは近代化に向けて歩みだした社会がみな辿る必然であり、途上国を支援する先進国の私たちは、とどのつまりは近代化の道を促進する役割を演じているにすぎない、と言ってしまえばそれまでだが、やはり失ったものを惜しむ思いが私には強く、なんとかしたいと思う。
 私のこうした意図が研修生にどれほど届いたかは定かでない。ましてや、都市にあこがれる村の少女たちに、私が彼女たちの村を見て抱いた感情は理解できないだろう。私はといえば、家畜が家族の一員のように扱われている暮らしを懐かしみ、人々が共同で汗を流す姿をうらやみ、手入れの行き届いた田畑が織り成す風景を美しいと眺め、農の営みに沿った暮らしがもつ時間の流れののどかさを感じ取っていたのである。
 近代化によって何を失う可能性があるかを、私たちは経験から予見することができる。失ったものは二度と取り戻すことはできないが、失ったものを惜しみ、そのかけがえのない価値を思い知る特権を有している。それが先進国の「先進」たる所以である。同じ後悔を繰り返えさせないことは、時代を先取りしている者の側の責任である。それは開発を支援することと同じくらい重い。
 都市への強いあこがれを絵にした村の若者たちが、失われた水牛や遊びを描いた年寄りグループの絵を、どのような思いで見つめたのか。いかにも賢そうな少女たちは、この先どんな一生を送り、どんな表情をして、あの老女たちと同じ歳をむかえるのだろうか。タイの山村で出会った年老いた女性たちのおだやかな笑顔は、その一生が彼女たちにとって幸せなものであったことを私たちに語りかけているように思えた。

片倉和人
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農と人とくらし研究センター

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