農・人・くらし
NPO法人 農と人とくらし研究センター コラム
部落(むら)の中が崩れはじめた(1995)
田舎は、都市に比べて、農業生産という自然を相手に、多くの労力を必要とする生産の形から、日常の中で協同があり、様々なくらしの結びつきから、集落の中が、一つの纏りを持ち、影響しあう関係にあった。
これを「むら」といっており、古くは10数戸から数10戸の単位で、庄屋一戸長の下にまとまっていた。これが、現在の部落という単位になっている。
これが1960年代後半から基幹になる労働力の人達が農外就労の形で流出を始め、次第に通勤から離家就労に変わり、住民の数が減り、残った人達も日中は留守というようになった。
むらの中で男子が顔を合わせるのは、葬祭のときだけというようになった。
小松展之
『むらのくらしからみえること』(2009年4月15日発行)から
これを「むら」といっており、古くは10数戸から数10戸の単位で、庄屋一戸長の下にまとまっていた。これが、現在の部落という単位になっている。
これが1960年代後半から基幹になる労働力の人達が農外就労の形で流出を始め、次第に通勤から離家就労に変わり、住民の数が減り、残った人達も日中は留守というようになった。
むらの中で男子が顔を合わせるのは、葬祭のときだけというようになった。
小松展之
『むらのくらしからみえること』(2009年4月15日発行)から
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