農・人・くらし
NPO法人 農と人とくらし研究センター コラム
「農村生活」時評30 "いま山村から撤退か"
大した開発地ではないが、わが住まいは首都圏内の都市近郊地域の一部だと思っていた。この頃、あたりの様子が少し変って来た。近くに空き家もあるがそれだけでなく、生活圏内の商店がどんどん変わる。自動車販売店やGスタンドのほかに手作りパン屋さんが閉店し、私が定期購読雑誌を頼んでいた本屋さんがつぶれて購読そのものを止めてしまった。これらの店はどれも建物はそのままなので、まわりが淋しくなり、残された空間が殺風景である。なかでも郵便ポストのあったコンビニがやっと高齢者向きになったのに、営業不振で突然無くなったのには驚いたし、いかにも不便になった。一方車で行く数キロ範囲には東と西に巨大な商業店舗群ができているらしいが、別に用事がないので行ったことが無い。全国的な地域の変容と衰退は地理的条件も歴史的条件も様々だが、決して他人事ではない。首都圏におけるかつての集合住宅団地のオールドタウン化が伝えられているが、その次に来るのは私の住むような開発団地のケースである。
日本中の地域が壊れてしまい、その典型として「限界集落」問題が社会的な課題となって久しいが、ある新聞に若手研究者の提言として過疎集落の"積極的な"「撤退農村計画」が登場したのには驚いた。私は10年前に「集落移転後の20年」という小冊子を書いたから、ほぼ30年前の"消極的"・計画的な山村集落のふもとへの集団移転計画とその後の住民生活を論じたという立場がある。その調査事例の片方については移転計画時にも関わったので、気持ちの中には住民の転居はあれで良かったのかという反省の念もあった。
この若い研究者グループの善意を疑うものではないが、多分、現代的な割り切りに優れているのだろう。国土計画論者の中にはカネのかかる山村は全部撤退して都市を集中的に整備すべし、という意見があるそうだ。なるほど、そういってもらったほうが問題の局面がはっきりする。日本の山々はみんな、何らかの形で水源だから、その水流は連続して上から下まで全部、大小のダムにしてその水で、整備される都市に日本人は皆、生活することにするか。
ダムといえば昨今、やっと論議の対象、行政の検討課題になったが、私にはすでに日本中がダムで埋め尽くされたような気分である。半世紀前、学生時代に当時、花形だった天竜川の佐久間ダム建設現場を見学したことがあり、それが今は土砂で埋まり、下流に害があるなどと聞くと、幼さがよみがえり苦い思いがする。このダム論議を逆手に取り、あるところで"山村は人材のダムだ"、"日本文化のダムだ"とやりかえしたこともある。
ダムに限らないが、日本という国のありかたが政治経済的にあるいは社会的に問われる時代になった。そこで維持経費問題で山村地域から住民を撤退させるプランが堂々と提示されるなら、単に限界集落論的範囲ではなく、原理的な国土問題として21世紀列島プランを根本的に国民的討議する必要がある。いま行われているような耳障りの良い、一見経済上合理的に見える、改革論者による短時間の討議で、これ以上山村や地域社会が壊されてはこまる。今はここ20年、30年来、年数と経費をかけてきたいわゆる「都市」も粗末な工事であちこちが崩れてきている事態を迎えているのである。
そんな折、小田切徳美先生の最新刊、「農山村再生」(岩波ブックレット・№768)を読んでやっと安心した。この本の提起の根本は新しいコミュニティだから、そこに学ぶべき課題は多々あるが、それは今後の宿題にしたい。ここで先生の再生提案に悪乗りしてこれからの農山村について考えるならば、撤退ではなく、まずいま住民の住んでいる地域の暮らし保全であり、その上で肉親の帰郷もふくむ様々な縁による新住民の移住プランが基本である。そもそも人がいなければ農林業振興はできないし、主として山村から成る列島の骨組みを形成する地域の環境保全もできない。
その際の論点の一つはこの地域の自然環境が日本人の現在持っている財産であり、これからも多くの価値を生む可能性があることを認めるか、否定するかである。もう一つは日本に農業はいらないのか、農と結びついている林業はいらないのか、農とむすびついている沿岸漁業はいらないのかという問題である。さらに大都市整備を集中的に実施して五輪でもやろうかというのと、農山村の暮らしを保障して、自給も互助システムもある落ち着いた住民生活をつくるのとが、国民経済上どちらが安上がりか、その環境負荷如何ということである。
これは本当は科学的にキチンと計算したほうがいいかもしれない。しかし、問題は計画論的な技術課題ではなく、あるところで菅直人国家戦略相がいったように、"政治的判断を政治的に検討する"という政治課題なのである。
積極的撤退論のポイントは表からは隠れているが農のあり方をめぐる考え方、というか、棄農の勧めである。この提案者は合理的な農業振興策、農地保全も計画しているというが、いまの農山村民の身についた農業技術、山村保全技術なくして、個性に満ちた傾斜地などは簡単には再生、活用はできない。本当に地域を再生するというなら、この人たち自身を保全する、そこでくらしが成り立つように手筈を整えるほかない。それは当事者にとって中々困難な暮らしだろう。しかし私が移転経過を調べて痛感することは、通勤・通学する世代は別として、山村民にとって農や山と離れた移転先の平地に、高齢者の幸福はないのである。
森川辰夫
この若い研究者グループの善意を疑うものではないが、多分、現代的な割り切りに優れているのだろう。国土計画論者の中にはカネのかかる山村は全部撤退して都市を集中的に整備すべし、という意見があるそうだ。なるほど、そういってもらったほうが問題の局面がはっきりする。日本の山々はみんな、何らかの形で水源だから、その水流は連続して上から下まで全部、大小のダムにしてその水で、整備される都市に日本人は皆、生活することにするか。
ダムといえば昨今、やっと論議の対象、行政の検討課題になったが、私にはすでに日本中がダムで埋め尽くされたような気分である。半世紀前、学生時代に当時、花形だった天竜川の佐久間ダム建設現場を見学したことがあり、それが今は土砂で埋まり、下流に害があるなどと聞くと、幼さがよみがえり苦い思いがする。このダム論議を逆手に取り、あるところで"山村は人材のダムだ"、"日本文化のダムだ"とやりかえしたこともある。
ダムに限らないが、日本という国のありかたが政治経済的にあるいは社会的に問われる時代になった。そこで維持経費問題で山村地域から住民を撤退させるプランが堂々と提示されるなら、単に限界集落論的範囲ではなく、原理的な国土問題として21世紀列島プランを根本的に国民的討議する必要がある。いま行われているような耳障りの良い、一見経済上合理的に見える、改革論者による短時間の討議で、これ以上山村や地域社会が壊されてはこまる。今はここ20年、30年来、年数と経費をかけてきたいわゆる「都市」も粗末な工事であちこちが崩れてきている事態を迎えているのである。
そんな折、小田切徳美先生の最新刊、「農山村再生」(岩波ブックレット・№768)を読んでやっと安心した。この本の提起の根本は新しいコミュニティだから、そこに学ぶべき課題は多々あるが、それは今後の宿題にしたい。ここで先生の再生提案に悪乗りしてこれからの農山村について考えるならば、撤退ではなく、まずいま住民の住んでいる地域の暮らし保全であり、その上で肉親の帰郷もふくむ様々な縁による新住民の移住プランが基本である。そもそも人がいなければ農林業振興はできないし、主として山村から成る列島の骨組みを形成する地域の環境保全もできない。
その際の論点の一つはこの地域の自然環境が日本人の現在持っている財産であり、これからも多くの価値を生む可能性があることを認めるか、否定するかである。もう一つは日本に農業はいらないのか、農と結びついている林業はいらないのか、農とむすびついている沿岸漁業はいらないのかという問題である。さらに大都市整備を集中的に実施して五輪でもやろうかというのと、農山村の暮らしを保障して、自給も互助システムもある落ち着いた住民生活をつくるのとが、国民経済上どちらが安上がりか、その環境負荷如何ということである。
これは本当は科学的にキチンと計算したほうがいいかもしれない。しかし、問題は計画論的な技術課題ではなく、あるところで菅直人国家戦略相がいったように、"政治的判断を政治的に検討する"という政治課題なのである。
積極的撤退論のポイントは表からは隠れているが農のあり方をめぐる考え方、というか、棄農の勧めである。この提案者は合理的な農業振興策、農地保全も計画しているというが、いまの農山村民の身についた農業技術、山村保全技術なくして、個性に満ちた傾斜地などは簡単には再生、活用はできない。本当に地域を再生するというなら、この人たち自身を保全する、そこでくらしが成り立つように手筈を整えるほかない。それは当事者にとって中々困難な暮らしだろう。しかし私が移転経過を調べて痛感することは、通勤・通学する世代は別として、山村民にとって農や山と離れた移転先の平地に、高齢者の幸福はないのである。
森川辰夫
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